Safety

安心・安全

2007年の不祥事を越えて 確かな信頼を築くために

2007年8月、当社で複数の不祥事が発覚しました。
アイスクリーム類からの大腸菌群検出、バウムクーヘンからの黄色ブドウ球菌検出、「白い恋人」の賞味期限改ざんです。約3カ月にわたり製造・販売を自粛し、外部の専門家とともに原因究明と改善を行い、現在に続く安心・安全とコンプライアンスの体制を確立しました。

当時を知る従業員が少なくなってきた今、二度と同様の問題を起こさないように、私たちが守り続けること、次の世代へ伝えたいことを考えました。

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  • 北広島工場 工場長 赤山弘明さん
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  • 人事総務部 ゼネラルマネージャー 柿村俊子さん
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  • 北広島工場 機械エンジチーム 藤原麻悠さん
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  • 営業部 遠藤玲央さん
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当時の現場を振り返って

柿村:私は当時白い恋人パークの館長をしていて、最初は何が起きているのかわからず、テレビのニュースで不祥事のことを知りました。困惑する従業員とお客さまに直接対応したことは、私の人生の中でも非常に大きな出来事でした。

赤山:私たち製造部は、まずお菓子を作れなくなったことが辛かったです。一生懸命作ってきたお菓子が返品され、駐車場一面に積み上がっていた光景は忘れられません。事務所では電話が鳴り続け、みんな必死に対応していて、今思い出しても涙が出てきます。「これから会社はどうなるのだろう」という不安を強く感じました。

柿村:私たち接客担当は「お客さまに聞かれたことには、こう対応してください」という簡単な指示がありましたが、それ以外の状況が頻繁に出てきて現場は困惑しました。怒っているお客さまにどう対応すればよいのか、知識も経験もなく、ただその場でできることを考え動いていた気がします。
白い恋人パークを休館にしてからは、返品作業や電話対応などの業務を手分けして担当しました。とにかく何とかしなければという思いで、スタッフに「今は大変だけど、明日が良くなるためにやっているからね」と声をかけながら過ごしました。

赤山:今考えると当時は圧倒的に衛生や品質管理の知識が不足していたと思います。経験のない新入社員には、会社が製菓学校に通わせてくれて、技術を習得できる制度がありましたが、衛生や品質管理の知識が追いついていなかった。それが今ならはっきりわかりますが、当時は全く理解できていなかった。それから「市場で不足しないように納品しなければ」という気持ちが強く、安心・安全への意識が欠けていたと思います。

柿村:生産管理の体制も整っていなくて、商品が足りないと追加で増産を続け、工場は疲弊していたと思います。私たち白い恋人パークや事務所の社員も、休日出勤や残業で製造の応援に行っていました。会社としては「たくさん作って供給することがお客さまのため」と考え、それが最優先されていたと思います。

藤原:私は2012年入社で、「2007年と同様の事件が起きないようルールを徹底しましょう」という教育のもとで育ちました。当時の状況は「何となく知っている」くらいで、今回事前に資料に接し、その重大さを知って心苦しくなりました。

遠藤:私は2013年に入社して、10年ほど工場で「白い恋人」を製造し、現在は特約店向けの営業販売を担当しています。作る側と売る側の両面から当時の従業員の気持ちを考えると、改めて大きな事件だったと思います。

自分で考えることの大切さ

赤山:2007年以前は、上司から言われたことはほとんど守っていました。

柿村:確かに「あの人の指示だからこうする=正しい」といった場面が多く、自分で考えて正しいことを判断できなかったんですよね。上に確認して「判断してもらう」という雰囲気が根づいていました。不祥事後、その風土を変える体制ができてからも、私はしばらく何でも上司や社長に確認していました。

赤山:A、B、Cと方法があってどれを選ぶか迷った時、「○○さんがAと言ったからA」といったことが昔は正解だと思って、自分で考えなくなってしまう。そこから脱却するのに私も時間がかかりました。

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柿村:外部の専門家の方がコンプライアンス委員会を行ったり、取引先の方が部門長になったりして、「自分たちで考える会社にしていかなければ」という方向に変わってからは、社長に何か確認すると「どうしたい?」と聞かれるようになりました。
法令に触れるとか、お客さまにご迷惑がかかることはダメですが、それ以外は「失敗してもいいからやってみましょう」と言われるようになり、会社の雰囲気が変わって今に続いていると感じます。

赤山:従業員が主体性を持って意見を言い、もちろん反対意見もウェルカムで、全員で対話するようになりました。

柿村:ほとんどの部署のトップに外部から来た方が就任し、組織を変えるために毎日すごいスピードで新しい制度やマニュアルができ、工場の設備が改善され、従業員教育も進みました。私たちの知識が足りなかったことを実感し、いろいろなことを吸収しながら「これからは良くなるしかない」と思った記憶があります。

赤山:当時指導してくださった方々は短い期間に大きな力を貸してくださったと思います。今の自分だったらできたかどうか。本当に尊敬します。

柿村:同時に、大きなショックもありました。これまで私たちは、「会社を良くしたい」という思いで取り組んできました。当時経営に携わっていた方々も、自分の仕事や商品をとても大切にしていました。だからこそ、これまでのやり方を見直し、方向転換することはとても大変でした。従業員やお客さまを守るためには、法令遵守が不可欠だと思います。

遠藤:私は初めて工場勤務についた時、衛生管理の設備や賞味期限などのルール、研修体制が充実していて、「安心して働ける場所」という印象を受けました。それが当たり前と思っていましたが、その当たり前は2007年の後に改革が行われたことからつながっているんですね。

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藤原:私も入社時に工場内が清潔で、いろいろな設備が整い、全ての業務にルールが浸透していると感じました。今、ISHIYAの商品は多くのお客さまに求められていますが、もしまた同様の事件を起こしてしまったら本当に恐ろしいと思います。私は製造の機械部門にいますが、「自分がやっている作業の一つ一つに意味がある」ということを正しく理解して業務に向き合わなければと思います。

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ISHIYA創業100周年に向けて、守りたいこと

藤原:私は皆さんに美味しいと言ってもらえる、安心・安全なお菓子を作り続けたいです。そのためには現場のスタッフが「これ、おかしいんじゃない?」と思ったら、ためらわずに声を上げられる雰囲気をつくりたいと思います。今はそうなっていると感じますし、これからも、自分自身も、周りのもっと若い人たちも、「小さな声」を上げ続ける職場を守りたいです。

赤山:私は今年入社40年目で、入社当時ちょうど「白い恋人」が売れ始めた時期でした。その後いろいろな時代の移ろいを見ながら多くの経験をさせてもらいました。不祥事とその後の再建を経験する中で、お客さまに助けられた思いが強くあります。ISHIYAの理念に「お客さまのしあわせ」「働く人のしあわせ」「北海道のしあわせ」という3つのしあわせがあり、それを今後も大切にずっと伝えたいと思います。

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遠藤:信頼築くのは長い年月がかかりますが、それを壊すのはほんの一瞬です。だからこそ、お客さまにも、一緒に働く仲間にも、誰に対しても常に真摯でありたいと思います。そう思いながら自分自身が立ち振る舞うことで、それが次の人たちに継承されていけば、より良い企業になれると思いますし、そういった心持ちで頑張りたいです。

柿村:私も信頼を重ね続けることが大切で、遠藤さんの言う「真摯さ」に通じると思います。自分や会社に良くないことがあれば、それを改める。そうやって地道に積み重ねていくことしかないと思います。
不祥事が発覚した時、「信じていたのに」とたくさんのお客さまから言われ、その重大さを身に染みて実感しました。一方で、製造販売を再開する時に支援してくださった企業やお客さまも多くいらっしゃって、本当にありがたく受け止めました。それはきっと積み重ねてきた信頼があったからだと信じています。どんな時も真摯に対応していくことが、100年先も愛される会社であることにつながると思います。そういう気持ちを持った人材をこれからも育てていきたいです。


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